菊屋の代表的和菓子、最中
菊屋の和菓子と言えば、創業400年以上もの歴史を誇る、「大阪高麗橋菊屋」でしょう。
天正年間に豊臣秀長の時代に始まった郡山城の開城とともに、当時の城主御用達の和菓子作りのため、郡山城の大手門近くに店を構えて和菓子作りを始めました。これが、現在の菊屋の店舗地の由来だそうです。
銘菓は最中を始め様々な種類がありますが、常に心がけているのは、伝統的日本文化とその時代の融合というテーマであり、新しい和菓子の創作に力を入れ続けています。
天正の当時から菊屋は茶屋を開いており、広く庶民の人々に和菓子とお茶を提供してきました。同時に当時の郡山城御用達に習い、現在でも皇室御用達の和菓子屋として、有名な和菓子屋です。
昭和の時代になってからは、郡山の菊屋から暖簾わけを頂き、開業当時の太閤のゆかりの地である大阪に、「大阪高麗橋菊屋」として開業したそうです。以降大阪では、10数店舗を構えるようになり、うち4店舗では和風喫茶の茶菓寮を併設しています。大阪のヒルトンプラザ・イースト店にも和風喫茶が開かれ、ショッピングを楽しむ方々に憩いのひと時を提供しています。
実際の銘菓の品々を見てみると、蒸菓子、葛饅頭、きんとん、栗粉など、季節に合わせた品がその季節ごとに店頭に並びます。その他にも羊羹や焼き菓子、最中なども取り扱っています。
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豊臣秀吉ゆかりの「うぐいす餅」
その昔、豊臣家のおかかえ和菓子屋であった菊屋に、その紋所の菊を屋号と象徴に使うと良いと賜り、それが現在の菊屋にも受け継がれています。
現代に入ってからも、昭和天皇や高松宮親王から、菊の紋を授かるなど、各界から愛顧されているものです。このためか、菊屋では菊の形や名称を取り入れた和菓子が多く作られています。代表的な銘菓である名菊最中を始め、菊あわせ、菊づつみ、菊遊といった数々の和菓子が有名です。
また、天正年間に豊臣秀吉閤のお茶会に献上したといううぐいす餅「御城の口餅」は、菊屋にその菓銘を許されたきっかけになった菊屋の和菓子だと言われています。
和菓子の使命とは一体なんでしょうか。それは、目で楽しめること、香りで楽しめること、そして味わいで楽しめることの三点だと言われています。菊屋の和菓子もその使命を果たすべく、日々精進を続けているところであります。菊屋の和菓子は皇室御用達という名に恥じないよう、常に新しいことに挑戦し続けながら日本の伝統的な和菓子の味を織り込んでいく、そういった活動が、和菓子屋としての菊屋の使命だと言えるでしょう。